気づきのキャリア(89)MBAよりも大切な “コーチング” の極意とは? 『上司のすごいひと言』著者 板越正彦氏 特別インタビュー
特別企画。今回は、2017年7月に出版され大きな反響を呼んでいる書籍『部下が自分で考えて動き出す 上司のすごいひと言』の著者である板越正彦さんをお迎えしてのインタビューの様子を皆さまにお届けします。
インテル株式会社(日本法人)の執行役員を経て独立し、現在は「最新コーチング」のスペシャリストとして、ベンチャー向けのコンサルティングや大学の講義など様々なシーンで活躍されている板越さん。実はStudyHackerとは以前からご縁があり、2015年から現在までの2年間で、実に60本以上のコラム記事をご寄稿いただいています。
そんな板越さんに、今のビジネスの世界における「コーチング」の重要性や、今後を生き抜くために私たちがやっておくべきことなどについて詳しくお話をうかがいました。
“内定取り消し” の憂き目から始まったキャリア
――まずはじめに、板越さんがこれまで歩まれてきた、ビジネスパーソンとしてのキャリアについて教えていただけますか?
板越さん:
私が大学生だった当時はちょうどバブルの時代でした。東大のアイスホッケー部に入っていたこともあり、就活はどこでも通るような状況だったんです。実際に、マスコミに行きたいと思って受けていた某テレビ局からも内定をいただきました。1500人のうちの10人に残ったんです。でも健康診断で寝坊して、内定を取り消されてしまいました。
ちょうど前日にアイスホッケー部の合宿で軽井沢にいたんですが、教会の中でふざけて「南無妙法蓮華経!」って叫んだんですね。そうしたら、外に出た瞬間に雨がざーって降ってきて。さらに後輩が車の中にキーを閉じ込めてしまって……。雨の中みんなで「罰が当たったな~」なんて話してましたよ。
そして次の日の健康診断。本当は朝の9時に集合しなければならなかったのに、起きたらもう9時だったんです。普通だったら目覚まし時計がなくても起きるのに……。慌てて電話しましたが、時すでに遅しでした。
そのときはもう1回留年しようかなとも思いましたが、「マスコミに落ちたらぜひうちに来てください」と言っていただいていた日本合成ゴム株式会社(編集部注:現在のJSR株式会社)に入社することを決め、7年間勤め上げました。
その後はパリの国連UNESCOで2年間勤務したのち、日経新聞の「インテルつくば 経理部門募集」という求人広告を偶然目にしたのがきっかけで、インテル株式会社に参画しました。もう20年以上も前ですね。
そのときはパソコンが普及する前だったので、インテルもそこまで大きくはありませんでした。そこから売り上げが10倍になって人も10倍になった。Windowsが広がりパソコンがぐんと普及し始める良い時代にインテルに参画できたので、いろいろな経験をさせてもらえたのはすごく良かったと思っています。
「コーチング」と出会ったのは、部下マネジメントの “しくじり” からだった
――インテルでは最終的に執行役員にのぼりつめるなど順調にキャリアを積まれてきたように感じますが、そもそも「コーチング」に出会われたのは何がきっかけだったのですか?
板越さん:
インテルでは、上司が部下から評価を受ける「360度フィードバック」というものがあり、100点満点のうち80点以上を取らないと次のクラスには行けないんです。でも私は最初、100点満点で20点だった。「えーっ!」って思いましたよ。こんなにご飯も奢っているし、一緒にBBQもしているし、お金も出しているのに、20点って……。
――原因は何だったのでしょうか?
板越さん:
私がプレーヤーだった頃は、まさに “Up or Out” の時代でした。頑張るやつは頑張れ、ダメなやつはほかと入れ替えるからバッチを置いて出て行けって。私はそれで育ったから、全然気にならなかったんです。「自分で考えろ」とか「頭使え」とか「一生懸命やれ」とか、それで良かったんです。
私や私の親は、大きな車や大きな家がひとつの目標になる世代でした。だから “激しく働く” っていうのが、ある意味当然の価値観だったんですね。
でも時代が変わってくると、出世や給料アップよりも「みんなに貢献したい」「ありがとうと言われたい」あるいは「技術を身につけたい」といった “自分の思い” を大事にする人が非常に多くなってきた。時代とともに、人々の価値観も変わっていったんです。
それなのに、自分がプレーヤーだったときのやり方をそのまま部下に押しつけてしまったから、全然響きませんでした。「これしろ、あれしろ」って言うだけでは、部下もやる気になってくれません。各人の “ワクワクする価値観” を知り、それと会社のゴールとをうまく結び合わせてあげることが、求められるようになってきたんです。
――その「“ワクワクする価値観” を知る」ためのコミュニケーションが「コーチング」なのですね。
板越さん:
そこでは「聞く」というのがとても重要になってきます。部下と個別に話をして、「将来は何がしたいのか?」「どういうキャリアを歩んでいきたいのか?」などと聞いてみるんです。「営業トークを磨きたい」「技術者としてセミナーに登壇したい」など、人によっていろいろな答えが返ってきます。
そうしたら、そのために何をすればいいのか、やるべきことを因数分解して決めていくんです。具体的な小さなステップを見える化する。そして実際にやらせて、できたらすごくほめてあげる。「できなかったことができるようになった!」という感覚を抱かせることが重要なんですね。
あるいはもっと単純に、部下がちょっと悩んでいるときでも「何がうまくいかないの?」とか「一緒に考えよう」とか声をかけてあげるだけでも、組織の雰囲気はすごく良くなります。今の若い人たちは、私たちが若かったころよりもさらに “人に聞けない” 世代なんですね。“自分が知らない” ということを言えない。メールを書くのに6時間もかけてしまったり。
――声をかけてもらえれば、寄り添われている感じもしますね。
そうなんです。でも、そもそも上司と信頼関係がなかったら、怒られることを恐れて「あの人に聞こう」なんて思わないじゃないですか。だからこそ、普段から「学生時代は何が楽しかった?」のような、仕事以外のパーソナライズな話をして信頼関係を築いておくのが大切なんです。“何でも言っていい雰囲気” “周囲に助けを求めていい雰囲気” “みんなが教えてくれる雰囲気” が、組織の生産性を高めてくれるんです。
『上司のすごいひと言』執筆の背景
――このたび出版された『部下が自分で考えて動き出す 上司のすごいひと言』の中でも、部下の気持ちに寄り添う “質問” や “リスニング” の方法がたくさん紹介されていましたね。今回、こちらの「コーチング」に関する本をご執筆しようとお考えになったいきさつを教えていただけますか?
板越さん:
正直なところ、日本ではまだ、このコーチングというものがうさんくさく思われている節があります。「あなたは何を思いますか?」「あなたは何を考えますか?」などと言うと、スピリチュアルやフォーチュンテラーといったものと同類であるかのように勘違いされてしまうんですね。部下に自分の思いを整理して話してもらうというのは、日本の上層部はあまりやりたがらないというのが現実です。
でも本当のコーチングというのは、「あなたの中での優先順位は何ですか?」「この6ヶ月で一番大事なことは何ですか?」「逆にやめることは何ですか?」などと問いかけ、今やるべきことの中で何が一番大切なのかを自分で気づいてもらったうえで、できる行動を達成させて自信をつけさせ次のステップに行かせるという、科学的・構造的に成長を支援するものなんですね。
これはインテル在籍当時から感じていたことですが、先にも述べた通り、やはり “個別対応” をしていかないと個人を成長させるのは難しい時代に来ています。実際にアメリカでは、8割のリーダーがコーチングのためのコーチをつけているんですね。日本はアメリカから10年遅れているということを踏まえると、あと10年もしたら、リーダーがコーチをつけるというのは日本でも普通のことになってくるのではないかと考えています。
このように、科学的・構造的に成長を支援するという市場は今後増えていくという仮説を私は持っていて、様々な企業のセミナーでも話してきました。部下がやりたいこと、会社がやりたいこと、部内でやりたいこと、それらを話し合える関係性やチームを作っていくのが大事だという視点から、この本を執筆しました。
若手が「コーチング」を学ぶ意義とは?
――「コーチング」という言葉を聞くと、“ある程度のスキルや経験のある上司が部下に対して” という印象がありますが、StudyHackerの読者層でもある若手ビジネスパーソンや大学生がコーチングの技術を学んでおく意義がありましたら教えてください。
板越さん:
たとえ大学生でも下級生を束ねるなどチームを率いなくてはいけない場面が出てくる。どんな人でもリーダーにならなくてはいけない場面が出てくる。そこにコーチングを学んでおく意義があると思います。人に仕事や作業をしてもらいたいのならば、コーチングは絶対に必要になります。
「なんでスケジュールに書いたのに誰も動いてくれないの……」「なんでクラウドに入れておいたのに誰もやってくれないの……」って、みんなものすごい悩むんですね。でもそういう人に私は言うんです、「誰でもやってくれるって思うのはおかしいよ」って。「“何があったらやりやすい?” とか “自分がどうサポートしたらやってくれる?” とか、個別に1on1で話したり、目的を共有したりしないと、どんなに頼んでも反応はないよ」って。
逆にそのことがわかっていれば、相手と話すことを怖がってずっと悩むなんてこともなくなるんです。「聞いてみる」「話しかける」といったアクションの一歩目を、自分から進んで起こしに行けるから。そして実は、私がコーチングを教えていてものすごく成果が出るのも、ある程度の社会人の方というよりは、むしろ若い人のほうなんです。
――跡見学園女子大学でもコーチングのゼミをやっているそうですね。
板越さん:
跡見学園女子大学のゼミでは、12人のゼミ生それぞれの価値観をみんなで見て、その価値観ごとに話をするということをしています。「スケジュールはきっちり決めたい」と「スケジュールをきっちり決めるのは嫌だ」、あるいは「ばりばりやって成果を出したい」と「ばりばりやらずにのんびりしたい」などですね。
誰がどういう価値観を持っているのか、まずはそれを知るんです。自分と相手とはどう違うのかを知る。そういった “気づき” を経たうえで、相手を変えるというよりも、自分からアプローチの方法を変えていくんです。
――コーチングの基本である「傾聴」 や「共感」といった技術を、若手ビジネスパーソンや大学生が身につけるには何をすればいいのでしょうか?
板越さん:
私は講座ではいつもロールプレイをやらせています。2人1組で、片方は聞く係、もう片方は話す係。それで何回も何回も場数を踏ませるんです。「1年後はどうなっていたい?」とか「具体的にどうしたい?」とか、質問するということをとにかく試させるんですね。
そしてそれを、講座を離れた実際の場所で実践してもらうんです。相手の反応を見ながら、「そうですか!」とか「それは知りませんでした!」とか相槌を打ったり、スマイルしたり、しっかりとアイコンタクトを取ったりしながら、じっくり聞く。そうすると9割の相手は話してくれるんですね。そうして話がはずむっていうのを実感して初めて、「コーチングってすごい!」ってみんな思うんです。
自分が話そうとすると緊張してしまうけれども、実は聞くだけでいい。それがわかるだけで、とっても楽になるんです。最初は少し怖くても、どんどん質問をして場数を踏んでいくのが大事ですよ。
「コーチング」は、英語よりも経営よりもMBAよりも大切なこと
――最後に、StudyHackerの読者に向けてメッセージをお願いします。
板越さん:
Amazon、Google、Facebook、NVIDIAが大企業に成長した例からもわかるように、今後何が成長して何がうまくいくかなんて、誰にもわからないんです。だからこそ、心をオープンにして柔軟にして、「人にちょっと聞いてみる」「自分でちょっと試してみる」「違うと思ったらまた別の方法でやってみる」、そういったことを楽しんでできるかどうかが大切になってくると思います。
そして、“人に聞く” “質問する” っていうのは、知っている人に聞けばいいだけだから、すごく簡単ですよね。正解が何なのかわからない今の時代だからこそ、これらは英語よりも経営よりもMBAよりも重要なことだと、私は思っていますよ。
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今回は「コーチング」を軸に、“相手に耳を傾けること” や “人に聞いてみる” ことの大切さ、コーチングの技術を身につける方法などについて、板越さんに詳しくお話していただきました。日本ではまだあまり浸透していない「コーチング」という考え方ですが、だからこそ、それを知って技術を身につけておくことで、周囲とも差がつけられるのではないでしょうか。
最後に、『部下が自分で考えて動き出す 上司のすごいひと言』の中で板越さんが書かれた言葉を引用して、この記事をしめようと思います。
「ワクワクすること」が最大のパワーを生む
板越さん、ありがとうございました。